こうして進む物忘れ①「“あれ?”は静かに始まる」

「私は大丈夫!」頑なに受診を拒む親の心理と、家族ができること
今回からのテーマは「こうして進む物忘れ」です。筆者自身のもうすぐ80歳になる母親のリアルな「受診拒否(手のひら返し)」のエピソードを交えながら、会話の主語が抜けるなどの静かに始まる変化や、老いを認めたくない親の複雑な心理、そして家族が「見守るしかない時期」に今すぐできる大切な備えについて解説します。
こんにちは。 前回までは「日常はグレー」と題して、訪問介護サービスの実際についてお話ししてきました。
今回からは新しいテーマ、 「こうして進む物忘れ」 について、数回に分けてお話ししたいと思います。
皆さんが気になる ・病的な物忘れとは何か ・年相応の物忘れとの差 ・病的な物忘れの進行例 などを、実際の生活感に沿って考えていきましょう。
■ うちの場合
私の母は、もうすぐ80歳です。
住む自治体では、75歳になると無料の物忘れ検診を受けられる制度があります。
母は70代前半のころ、 「いい制度があるじゃない!」 「私も75になったら受けなきゃ!」 と言っていました。
母自身、認知症高齢者の介護経験があります。 私は「そうだね」と答えていました。
そして75歳。
「私は大丈夫!」 「検診?そんなのめんどくさい!」
……何という手のひら返し。
■ “あれ?”は静かに始まる
病的かどうかは分かりませんが、今の母の様子には、少しずつ変化があります。
例えば――
【1】会話の主語が抜ける 「ねぇ!頭にきちゃうのよ!今日!ほんと、私が忙しいっていうのに…」 本人の中では話がつながっています。ですが、家族はその前提を知りません。どうやらパート先で誰かと作業して、何か困ったことがあったらしい。でも、誰のことを言っているのか分からない。
【2】物の置き場所を忘れて探し回る ただし、「さっきまで使っていた」「このへん」とは覚えています。
【3】レンジで温めた食品を忘れ、そのまま食事を終える
【4】昔かなり好きだった歌手や映画を思い出せない 以前はよく話していた作品名や俳優名が、きれいに抜け落ちています。
■ 「私はまだ大丈夫」という心理
私からすると、「そろそろ一度、相談してみてもいい頃では」と思います。
ですが母は、「私は大丈夫」と言います。
そこには、 ・長年ちゃんとしてきた自信 ・“本当の認知症”を知っている感覚 ・老いていく自分への怖さ そんな気持ちが混ざっているように思います。
結局、母は検診を受けないまま今に至ります。
■ 見守るしかない時期もある
物忘れは、じわじわ進行しています。
今では家族の私でも、少し真面目に話を聞いていないと「何の話を始めたの?」となることがあります。
75歳の時に検診を受けていたら、どうだったのか。それはもう分かりません。
本人に受診の意思がない。一応、生活は成り立っている。 そういう時期は、【 気に留めておく 】ことが大切になります。
■ 家族が「気に留めておく」こと
ノートなどに、以下の3つをメモしておきましょう。
・不安な物忘れがあった日時 ・どんな忘れ方だったか(その時の状況) ・以前と違う様子
簡単なメモでも残しておくと、後から役立つことがあります。
■ 受診までは長い
認知症の受診は、思った以上に時間がかかります。
うちの母のように、「その話、また今度ね」と、うやむやになってしまうことも珍しくありません。
次回は、 ・病的な物忘れとはどんなものか ・どうやって受診につなげるのか について考えてみましょう。
この記事を書いた人
みやちゃん
保有資格:介護福祉士/介護支援専門員/同行援助従業者養成研修(応用過程)
訪問介護管理者(歴10年以上)/ 介護支援専門員・介護福祉士 訪問介護の現場責任者として、10年以上にわたり在宅介護の「はじまり」から「終わり」まで、あらゆる局面を実務として経験。制度の枠組みだけでは解決できない、ゴミ屋敷化、近隣トラブル、家族関係の断絶といった、在宅介護の過酷な現実に数多く立ち会ってきた。 介護福祉士、ケアマネジャー(介護支援専門員)の資格に加え、視覚障がい者の外出を専門的に支える「同行援護従業者(応用課程)」を修了。専門的な知見と、10年の現場実績に裏打ちされた「判断力」が持ち味。 「みやちゃん」の愛称で呼ばれるが、その本質は「どんなに困難な状況でも、決して見捨てずに出口を探し抜く」という、ご利用者様やご家族様への徹底した伴走姿勢にある。 「本人の言葉」と「目の前にある事実」のズレを見逃さず、ご家族様が一人で抱え込む限界を突破するための確かな道筋を提示し続けている。
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